君はどうして見に来てくれたのかな。

少しでも感じることがあって見に来てくれたのかな。

それとも、なんとなく気まぐれに足を運んでくれたのかな。

 

なんにせよ見に来てくれてありがとう。

少しだけお話しましょう。

 

あらかじめ言っておくと、これは過去の僕の話だ。

これまで色んなことがあって、僕は少し強くなった。

 

今ではそんな悩みなんて抱えていないし、楽しく生きている。だから安心して聞いてほしい。

 

本当ならこんな恥ずかしい話はこっそりと胸のうちにしまっておくほうがいいんだけれど、昔の僕のように苦しんでいる人に届けば、多少なり楽になるんじゃないかなと思って話すことにしました。

 

 

僕は、飲み会が嫌いだった

 

飲み会ってほんとうにつまらない。

 

さほど仲が良くない人に話を合わせないといけない。

偉そうな年上にへこへこしてお酒を注がないといけない。

面白くないのに笑顔でいないといけない。

それでもなんとか頑張って盛り上げないといけない。

 

当時の僕は、飲み会のある日が憂鬱でしかたなかった。

 

ただ、そんなことよりも一番辛かったのは、僕が目の前の人を笑顔にすることができない無力さを感じることだった。

 

自分がその場にいることで、周囲が盛り下がってしまう。

そんな気がしていた。いや、現にそうだったんだと思う。

 

周囲を気にし過ぎるがあまり、自由に話すことができず、ただ人の話を聞いて相槌を打っていた。

 

 

なんだか、その空間にいる僕の存在がとても邪魔に思えた。

 

 

僕は、そんな自分が嫌いになってしまいそうで

辛くて、辛くて、

トイレのふりをしてその場から逃げ出し、こっそり一人で泣いていた。

 

気持ちが収まったら

顔を拭き、笑顔を作り、また元の位置に戻る。

誰にも気付かれないように。

 

そして毎回僕は、家に帰ると苦しさでまた泣き出すのである。

「ああ、今日も僕はだめだった」って。

 

 

自分を表現することってすごく怖い

 

なんでこんな臆病になってしまったんだろうな。

思い返すと、僕は中学に入った頃から自分のことを表現することが下手になった気がする。

 

何か特別なきっかけがあったわけでは無いんだけど、だんだんと周囲の人と話が合わなくなっていった。

 

自分の心から出てくる言葉をそのまま外に表現しても、目の前の人は笑ってくれないのだ。

 

僕の言葉は空を打つように、誰の心にも引っかからない。

 

怖くなった。

 

「ああ、ありのままの自分の考えを外に表現してもダメなんだ」と思った。

 

そしていつの間にか、僕は口を固く結び、無理に笑顔をつくるようになる。

何かを思っても容易に言葉に出すことができなくなってしまった。

 

心と言葉の距離が離れ、その間に3重ほどのフィルターがかかるようになった。

 

こうして僕の世界は、急速に生きづらくなった。

 

 

臆病さと自己嫌悪

 

大人になってもその臆病さは顔を出す。

それが出てきてしまう場所が大人数の飲み会だった。

 

仲のいいわけでもない人たちと、楽しく話すなんて到底むりな話だ。

相手が何が好きかも知らないし、嫌いかも分からないし、

どういう反応をするかも分からない。

自分が誰かの気分を害するような発言をしてしまうんじゃないかと怯えてしまっていた。

 

本当は、何度も頑張ろうと思った。

会話やコミュニケーションに関する本も何冊も読んだ。

 

それでもその努力は僕の臆病さによってまたたく間にかき消され、更に自信がなくなっていく。

 

「ああ、やっぱり僕は今日もだめだった。」

 

がんばった分だけ、できない自分が嫌になった。

 

 

自分の中心にあるもの

 

「周りの人が笑顔でいることが自分にとって幸せで、

それをつくり出せたのが自分自身ならもっと嬉しい。」

 

これは僕の価値観のひとつ。

分かっているからこそ、それができていない自分に腹ただしくなるんだけれど、それでもこの考えは捨てたくなかった。捨ててしまえば、きっと僕の世界は生きづらいまま。心が死んでしまう。

 

「僕が臆病でいることに何の価値も無い」ってことは、

ずっと気づいていた。

 

傷つくことが怖くて何もしないままだったら、どうしたって誰かを笑顔にすることなんてできない。

 

何もしないことで、自分自身が傷ついてしまっている。

 

でも、誰よりも僕が傷ついているのなら、それは僕が取るべき行動ではないんだ。

 

だから僕は、自分が自分の理想通りに動いてくれるように、いろんな「コトバ」を自分にとりいれることにした。

 

 

「コトバ」というお薬

 

「コトバ」は薬だと思っている。正しく使えば人を救うし、誤って使うと人を殺す。

僕は、自分が少しでも楽に生きることができるように、いろんな薬(コトバ)を記録している。そして辛くなったらそのお薬を自分に処方する。

 

僕が今、強くなれたのは、自分にどんな薬が効くかを調べて、色んな薬を用意して、必要に応じて処方してきたからだ。今では薬をわざわざ取りに行かずとも、体にしみた薬がお守りのように心を守ってくれる。

 

じゃあ一つだけ、僕が「自分のことをひどく責めなくなった」お薬を紹介するね。

 

 

大丈夫。今日のぼくも100点だ。

 

人は、今この状態が100点だと教えてもらった。

最初はぜんぜん理解ができなかったんだけれど、要はこういうことらしい。

 

「結果」が出たなら、それはとても素晴らしい。

 でも、「結果」が出なくても、

「行動」できていればいい。

「行動」できていなくても、

「意識」できていればいい。

「意識」できていなくても、

「気づけた」ならそれでいい。

 

失敗によって自分に足りていない部分に「気づけた」ならそれはそれで素晴らしいことだ。

だって、次はそのことを「意識」できるようになるんだから。

そして「意識」し続けたことは、いつか「行動」として姿を現す。

積み重ねた「行動」はいつか「結果」を呼び寄せる。

 

その時その時で今の自分はできることをしているんだ。

だから何か失敗したとしても、それって自分にとっては価値のあること。

だったら、どうあがいても今の自分は100点なんだ。

 

そう考えたとき、わざわざ自分を責める必要なんてなくて、その時の自分を労ってあげたいなと思った。

自分を責めて傷つけるよりも、褒めてあげて次へのモチベーションを上げたほうが何倍も意味があるよね。

 

 

向き合い続けることで

 

とはいいつつも、自分を変えることってそんなに簡単じゃない。

僕もずっと苦しんできた。

 

ああ、そういえば昔、

だれかに「もっと自信を持てよ」って言われたことがあった。

 

僕はその時

「いやふざけんなよ。そんなの簡単にできるわけねえだろ。」

と思ったんだよね。

 

頭でわかってても、心がついていかないことなんて腐るほどある。

どうにもならないと思ってしまうこともたくさんあった。

 

でもそんなとき、僕はこのコトバを知ることができた。

 

「自信は、自分と向き合った時間数だけ比例する」

 

僕はこのコトバを信じて自分と向き合い続けた。

 

色んなお薬を使いながら心の声に従い続け、自分に花マルをたくさんあげた。

 

そうやって、時間をかけて僕は少し強くなれたんだと思う。

 

 

あなたに合ったお薬ってなんだろう

 

笑顔がこぼれてしまう「コトバ」。

信じてみたいと思える「コトバ」。

ふつふつと勇気が湧く「コトバ」。

自分を許したくなる「コトバ」。

 

あなたにはどんな「コトバ」が元気を与えてくれますか。

そしてそんな素敵な「コトバ」に出会ったら大切にして記録しておいてください。

 

いつか辛くなったとき、きっとあなたを癒やしてくれるはず。

そして、もしかしたらその「コトバ」が周囲の誰かを救うことができるかもしれません。

 

いつか僕にもあなたのお薬を教えて欲しいな。

 

 

ああ、そういえばお話がずれてしまったけど、飲み会がつまらないという話だったね。

今では好きだよ。きっと沢山のお薬がからだに染み込んでくれたからなんだと思う。

色んな人と仲良くなれたり、新しい発見があるので今ではとても好きです。

(でもつまらない会は確実に存在するので、絶対に行かないようにしています笑)

 

 

あなたもどうか、自分の心を癒やす素敵な「コトバ」をかけてあげてください。

どうかこの記事を見たあなたが少しでも楽になりますように。